事業承継ブログ

従業員に会社を引継ぐ場合のポイント(株式と資金の課題への対応手段)
2026.05.17

「自分の会社は、一緒にやってきたあの社員に継いでほしい」
そう考えている経営者は、年々増えています。帝国データバンクの調査によると、2025年の事業承継において、役員・社員などによる内部昇格(従業員承継)の割合は36.1%となり、同族承継(32.3%)を初めて上回りました。従業員承継は今や、事業承継の「主流」になりつつあります。M&Aが近年注目を浴びていますが、全く知らない企業や人に事業を渡すのは壁を感じる経営者は多くいらっしゃいます。会社に携わってきた側近の社員であれば、業務内容や社内事情を深く理解し、取引先や従業員との信頼関係も築いています。そういう意味では、事業そのものは引き継ぎやすいと言えます。
しかし、経営者から相談を受けるなかで、多くの方が同じ壁にぶつかります。それが「株式と資金の問題」です。
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従業員承継のネックは「お金」になりがち

親族内承継であれば、株式の移転に相続や贈与を活用できる場合があります。しかし従業員承継では、原則として売買による株式の移転が中心になります。
なぜなら、従業員(後継者)は現経営者の親族ではないため、贈与や安価での譲渡を行うと税務上の問題が生じやすいからです。また、現経営者の子どもなど他の親族が存在する場合、「なぜ他人に有利な条件で渡すのか」という不満や感情的な対立につながるリスクもあります。相続での遺留分対応など法律的な課題もあります。
そのため、従業員承継では次のような構図がスムーズになります。
・後継者候補の従業員が、適正価格で株式を買い取る
・その資金は、後継者自身が調達しなければならない
・会社の業績が良いほど、株価は高くなり、必要資金も大きくなる
つまり、「誰に継がせるか」が決まっても、「どうやって買うか」が解決しなければ承継は進みにくいのです。しかし経営者に従業員に承継したい意思があり、従業員がそれに応えたい意思があれば、「手段はある」ことを頭に置かれることは重要です
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まず考えたいのは「株価を下げる」こと

後継者の資金調達を楽にするうえで、見落とされがちなのが株価そのものを引き下げるという視点です。株式を買う側の資金を増やすことだけに目が向きがちですが、買う価格を下げることも同じくらい重要です。

1.役員退職金の支払いによる株価引き下げ

中小企業の株価(非上場株式)は、会社の純資産や利益をもとに評価されます。そのため、現経営者が退任するタイミングで役員退職金を支払うと、会社の資産が減少し、株価が下がる効果があります。
役員退職金には次のような特徴があります。
・適正額の範囲内であれば、会社の損金(経費)として計上できる
・現経営者個人にとっても、退職所得として税制上優遇される
・株価が下がることで、後継者が取得しやすい水準に近づく
退職金の金額は「最終報酬月額×勤続年数×功績倍率」を目安に設定しますが、大きな金額になる場合は税務上の合理性を丁寧に確認することが必要です。承継のタイミングと退職金の支払い時期を合わせて設計することが、株価対策として非常に有効です。

2.金庫株(自社株買い)の活用

現経営者が保有する株式の一部を、会社が自己株式として買い取る(金庫株)方法もあります。これにより、現経営者は株式を換金して引退後の資金を確保しつつ、後継者が引き継ぐべき株式数を絞り込むことができます。
この方法の主なポイントは次のとおりです。
・会社が株式を買い取るため、後継者個人の資金負担を直接減らせる
・現経営者の手元に資金が入るため、老後の生活設計がしやすくなる
・買い取った自己株式は消却することも、将来的に後継者へ再交付することもできる
ただし、会社の財務状況(分配可能額)に余裕がなければ買取はできません。また、買取価格の設定によっては税務上の問題が生じることもあるため、事前に専門家と確認しておくことが重要です。

3.従業員持株会の活用による株価引き下げ

従業員持株会を通じて従業員が株式を少しずつ取得していく方法も、株価引き下げの手段として有効です。持株会を経由した株式の評価額は、通常の評価額から一定の評価減(10〜20%程度もある)が認められる場合があり、取得コストを抑えながら現経営者の保有株式を分散させることができます。また、後継者一人が負担する取得資金を減らす効果もあります。
ただし、持株会の株式は議決権行使に制約があるケースが多いため、後継者の経営権確保とは切り離して設計する必要があります。あくまで株価引き下げと資金負担の分散を目的とした補完的な手段として位置づけることが大切です。
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資金調達の主な選択肢

株価を下げる対策と並行して、後継者側の資金調達も設計する必要があります。

1.後継者個人が金融機関から借り入れる

もっともシンプルな方法は、後継者本人が事業承継向けの融資を利用して株式を取得するやり方です。近年は、日本政策金融公庫や民間金融機関に事業承継専用の融資制度が整備されており、以前より活用しやすくなっています。
ただし、次の点に注意が必要です。
・借入金は個人の債務になるため、返済は役員報酬から行うことになる
・報酬が低すぎると、生活や家族の生活設計への影響が出る
・株価が高い会社では、必要な借入額が数千万円を超えることも多い
後継者本人だけでなく、その家族の理解と同意を得ながら進めることが重要です。

2.持株会社(ホールディングス)を活用する

後継者が持株会社を新設し、その会社が融資を受けて株式を取得する方法です。個人借入との大きな違いは、返済原資を会社からの配当や役員報酬で設計できる点にあります。
この方法の特徴は次のとおりです。
・会社の収益力を担保に融資を組めるため、大きな金額にも対応しやすい
・個人の生活資金と返済資金を分けて管理しやすくなる
・将来的な株式の集約や相続対策にも活用できる
金融機関側もこの手法を理解しており、業績の安定した会社であれば積極的に支援するケースが増えています。株価が高い会社ほど、個人借入だけでなく持株会社の活用を検討する価値があります。

3.段階的に株式を取得する

一度にすべての株式を移すのではなく、複数年にわたって少しずつ取得していく方法です。
・資金負担を分散できるため、無理のない計画が立てやすい
・引き継ぎ期間中に後継者が経営を学ぶ時間を確保できる
・社内外の関係者に対しても、丁寧に理解を得ながら進めやすい
一方で、途中で株価が上昇すると取得コストが増える可能性もあるため、いつ・どれだけ取得するかの計画を最初に明確に決めておくことが大切です。
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「社長交代」だけでは経営権は安定しない

従業員承継でもう一つ見落としがちなのが、「代表者を変えただけでは経営権は確保できない」という点です。
会社の重要な意思決定は、株主総会での議決によって行われます。後継者が代表取締役になっても、株式の大半を現経営者や親族が持ち続けていれば、実質的な経営権は移っていない状態になります。
後継者が安定して経営できるためには、議決権の過半数(できれば3分の2以上)を確保することが望ましいとされています。役職の承継と株式の承継は一体で設計することが、本当の意味での事業承継につながります。
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親族への配慮と整理も不可欠

従業員承継は会社の問題であると同時に、現経営者にとっては財産の問題でもあります。株式の売却代金は現経営者の手元に入りますが、その後の相続や遺産分割を巡って、親族との間でトラブルが生じることも少なくありません。
事前に整理しておくべき主な事項は次のとおりです。
・株式の売却価格と条件の決め方
・退職金の設計(現経営者の老後資金の確保)
・遺言書の作成や相続対策
・子どもや配偶者など親族への説明の進め方
ここを曖昧なままにしておくと、承継が進んでから感情的な対立が起こり、会社全体に悪影響を及ぼすことがあります。
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まとめ

従業員承継を成功させるカギは、「誰に継がせるか」と並んで「どうやって株式と資金の問題を解決するか」になります。
検討すべきポイントを整理すると、次のとおりです。
・役員退職金の支払いや金庫株(自社株買い)で株価を下げ
・従業員持株会を補完的に活用して負担を分散する
・後継者が実質的な経営権(議決権)を確保できるよう設計する
・現経営者の老後資金と親族への配慮を整理する
従業員承継は、人事の問題であると同時に、金融・税務・法務・相続を含めた総合的な設計が必要です。
逆にいうと経営者と従業員後継者の意思が承継に向けて意思が通じているのであれば手段はあり得ます「あの人に継がせたい」という思いを実現するために、早い段階から具体的な承継計画と資金調達の道筋を一緒に考えていきましょう