事業承継ブログ

事業ポータビリティの進展について
2025.09.21

近年、「事業承継」という言葉は単に世代交代を意味するだけではなく、事業を柔軟に移転・拡張できる仕組みとして理解されるようになってきました。いわば「事業のポータビリティ」が高まりつつあります。ここでいうポータビリティとは、事業そのものを一つの“資産”として捉え、経営者の交代や地域・分野の拡張、投資家への売却など、様々な形で移転・活用が可能である状態を指します。

■ 承継する側の目的の多様化

従来、事業を譲る側にとって承継は「サプライチェーンなど社会的な役割の」や「従業員の雇用維持」といった動機が中心でした。また、個人としての借入金返済や老後資金の安定確保も重要な要素です。すなわち、社会的要請や経営者のライフプランと密接に結びついたものでした。

しかし今日では、譲り渡す側にとっても「自社の事業を次の成長ステージにつなげたい」という前向きな動機が増えています。例えば地域をまたいだ事業展開や、サプライチェーン全体での競争力強化を見据えた承継も行われています。単なる引退の手段ではなく、事業を次世代に発展させるための戦略的選択肢として位置づける例も増えています。

■ 引き継ぐ側の目的の広がり

一方、引き継ぐ側の目的も多様化しています。事業をそのまま継続するだけでなく、新規事業に参入するための手段として既存企業を承継するケース、あるいは地域に根差した企業を引き継ぎ地域活性化を進めるケースが目立ちます。また、近年では投資ファンドが承継を通じて企業を投資対象とし、一定期間育成・再生したのちに次の買い手につなぐといったモデルも一般化しています。

さらにここ数年注目すべきは「人材獲得」の観点です。労働力不足が深刻化する中で、熟練従業員や技能を持つ組織を承継することは、単なる事業承継を超えて貴重な人的資源を確保する戦略ともなっています。つまり、事業承継は“会社を受け継ぐ”というより、“人・資産・仕組みを一体として獲得する”活動に進化しているのです。

■ 背景にある支援体制の充実

このような事業ポータビリティの進展を支えているのが、制度面での整備です。各都道府県に設置された事業承継・引継ぎ支援センターは、専門家による相談やマッチングを通じて、円滑な承継を後押ししています。また、オンラインのM&Aプラットフォームが普及し、かつては出会うことのなかった買い手と売り手が容易に接点を持てるようになりました。事業承継を得意とする専門家も増えています。

加えて、事業承継に関する補助金や税制優遇の拡大も大きな追い風となっています。これらの仕組みによって、経営者が「事業を誰かに引き継ぐ」という選択肢を前向きに考えやすくなり、承継のハードルが確実に下がってきています。結果として、事業承継に対する経営者の意識も「避けられない負担」から「積極的に活用できる手段」へと変わりつつあります。

■ これからの経営に求められる視点

今後の経営においては、このように整備された「事業のポータビリティ」を前提に考えることが不可欠になります。つまり、自社の事業がどのような価値を持ち、誰にとって魅力があるのかを把握しておく必要があります。「自分の会社は売却したらいくら?」など企業価値の算定や財務状況の整理はもちろん、技術や人材、顧客基盤といった無形資産の強みを見える化しておくことが大切です。

これらを日常的に確認・更新しておくことで、承継やM&Aといった局面に限らず、資金調達や取引先との交渉などさまざまな場面で有利に働きます。そして何より、事業を常に移転可能な「ポータブルな資産」として意識することで、経営は持続性(サステナビリティ)を高めることができるのです。

■ まとめ

事業のポータビリティは、単なる経営者交代の仕組みにとどまらず、企業成長や地域経済の発展、人材確保の手段としても進化を続けています。その背景には、支援体制や制度の充実、そして経営者自身の意識変化があります。これからの時代、経営者に求められるのは「自社の価値を知り、活用できる状態に保ち続けること」です。そうした取り組みの積み重ねが、事業を次世代へとつなぐ持続可能な経営の鍵となります。