M&Aは「相手が決まれば終わり」ではありません。
むしろ、本当に重要なのはそこから具体化する段階です。
条件面で大枠の合意ができた後、契約締結までの間に、必ず詰めておかなければならない事項があります。法人譲渡型M&A(株式譲渡)においては、とりわけ慎重な設計が必要です。法人そのものを承継するということは、資産だけでなく、負債も、契約も、過去の経営の履歴も含めて引き継ぐということだからです。
実務の現場で必ず整理すべき「7つの重要ポイント」を解説します。
価格は合意したように見えても、その算定根拠まで詰めておかなければトラブルになります。
・純資産ベースなのか、将来収益を織り込んだ評価なのか。
・退職金や役員貸付金はどう整理するのか。
・クロージング日までに財務内容が変動した場合の調整はどうするのか。
単なる金額の合意ではなく、「なぜこの価格なのか」という論理の確認が必要です。
私も過去に譲渡価格を決めたあとで、現経営者が独自の判断で退職金支払いをしてしまった事例を経験しましたが、上記を整理してしておいたことでトラブルを回避しました。契約書の中で業務で発生する以外の支出に関して取り扱いを明確化しておくことも必要になります。
法人譲渡では、会社を丸ごと承継します。 したがって、簿外債務や過去の税務リスクも問題になります。
そこで契約書に盛り込まれるのが「表明保証」です。
表明保証(ひょうめいほしょう)とは、契約の当事者が「ある事実が真実かつ正確である」と約束する条項のことをいいます。M&Aの表明保証は売主・買主双方が行いますが、売主は、財務内容・法令遵守・訴訟の不存在などについて保証を行います。
ここで決めなければならないのは、
・補償の上限額
・補償の期間 等
です。
売主にとって過大な責任にならないようにしつつ、買主にとっても保護が機能する設計が必要です。
中小企業M&Aで最も深刻な問題になりやすいのが、経営者保証です。
株式を譲渡しても、保証契約は自動では消えません。
保証解除をクロージングの条件にするのか、買主が引き継ぐのか、借換えを行うのか。
ここを曖昧にしたまま契約を進めると、売主は退任後も多額のリスクを負うことになります。
「保証問題をどう終わらせるか」は、価格以上に重要と言っていい論点です。
契約締結と株式移転実行(クロージング)は別の行為です。
同日に実施する例もありますが、最近では分けて実行する例が多くなっています。
この2つの間に、
・主要取引先の同意
・金融機関の確認
・許認可の維持確認
・重要人材の残留確認
などを条件として整理します。
何が整えば実行するのかを明文化しておかなければ、実行直前でトラブルになります。
オーナー経営者が退任する場合、役員退職慰労金の金額や税務処理を確定させておく必要があります。退職金は税務上の優遇がある一方、過大であったり退職の事実認定がされないと否認リスクもあります。M&Aと退職金設計は切り離せません。
売主が一定期間同業を行わないこと、顧客や従業員を引き抜かないことを定めます。同時に、一定期間の引継ぎ協力も必要です。
買主の投資が回収されるよう、事業環境の確認や引継ぎの質も確認が必要です。
法人譲渡では、従業員は基本的にはそのまま会社に残ります。
しかし、従業員側からすると経営者交代は心理的な不安を生みます。
キーマン流出や士気低下が起きれば、想定していた収益は実現しません。
・誰に、いつ、どのように説明するのか。
・経営方針のすり合わせをどう行うのか。
場合によってはクロージング条件にするなど、実務上は極めて重要なテーマです。
法人譲渡型M&Aは、「株式を売るだけ」の取引ではありません。
価格、リスク、保証、税務、経営移行――
これらを一つずつ設計していくプロジェクトです。
相手が決まった瞬間から、本当の意味での交渉と設計が始まります。
契約書に署名する前に、
何を決め切るべきなのかを理解しているかどうか。
それが、成功するM&Aと、後悔するM&Aを分ける分岐点になります。
法人譲渡・事業譲渡にかかわらず、M&Aを行う際は相手が決まっていても、早い段階から専門家と共に全体設計を行うことを強くお勧めします。